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オリジナルと二次創作を揃えております。拙い文章ですがよろしく(^_^)!
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Spellbound |
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5
冴子が亡くなってから、四三日目。
夜の帳が降りた頃。
SeaLoad運輸本社が入っているビル。
動く者がなく、照度が落とされた廊下の奥。
社長室のドアからこぼれる明かり。
突如、その明かりが、操られているかのように踊り出す。
「おい、誰かいるか」
廊下側にある秘書室に連絡を取る男。
SeaLoad運輸社長、岡之山忠。
「おい、誰もいないのか!」
怒鳴った後、秘書室に繋がるドアを開ける。
岡之山は開けたまま凝固した。
そこには、あるはずのない空間があった。
海底である。
岡之山の思考が麻痺しかけたが、微かに残った理性を総動員し、ドアを壊さんばかりの勢いで閉める。
息を切らせ、ドアノブを握りしめたまま立ち尽くした。
──そ、そんな馬鹿な!
今の事実を頭からふるい落とし、意を決して再びドアを開ける。
そこにはいつもの秘書室があった、しかし……。
「……全く、何を考えている。
業務中に、無断で席を離れるとは……。
しかも、全員……。
なんだ? 机の上もきれいに整頓されているでは……」
訝しみながらも、岡之山は踏み込もうとする。
「? 動けんぞ」
ウォーキングマシンを使っているかのようであった。
焦る岡之山は、ついには走り出す。
その表情に恐怖が張り付き始めた。
岡之山は知らずに後ずさりしていた。
「あ、あはは。動けるじゃないか……」
社長室の中程に立っている自分に気が付く。
しかし、その笑いに恐怖が含まれていることを、まだ気が付いていない。
呆然と辺りを見回す中で、もう一つのドアが目に入る。
脱兎のごとく駆け寄り、つばを飲み込んで一気に開く。
「うわぁぁ〜」
岡之山は、歩き始めの赤子のように、ストン、と尻餅をつく。
その表情は、完全に恐怖に支配されていた。
──……めろ。
岡之山の頭の中に、声が響く。
辺りを窺う岡之山。
──……諦めろ。
耳を塞ぐ岡之山。
──耳を塞いでも、聞こえるはずだぞ。
「や、止めてくれ」
──お前がしたことは何だ?
その言葉が引き金になったのか、社長室にいたはずの岡之山は、何処とも分からない場所にいた。
「止めてくれ! 止めてくれ!」
岡之山は、いつの間にか走っていた。
躓きながらも必死で走った。
その場所からの出口を探して……。
──出たいのか?
「あ、当たり前だ!」
──出るのは簡単だ。
「そ、そうなのか? なら早く出せ!」
──そう、簡単だ。正直になればいい。
それは即ち、自ら犯した過ちを白日にさらせと言われたことになる。
岡之山は迷う。
今の地位を、はたまた、財産までを捨て去ることになるからである。
──ほら、どうした? 出来ないのか?
その声は、岡之山に詰め寄る。
迷っている時間はないのかも知れない。
──ここにいるか?
その言葉に岡之山は光を見いだす。
そう、ここにいたくなければ、全てをさらすしかない、と。
──誰かに聞かれたら、素直に答える。今のお前に出来ることはそれだけだよ。
「あ。うぉ〜!」
岡之山の叫びに、秘書室から秘書が飛び込んできた。
「社長、どうなさいました? 社長!」
岡之山は、社長室に戻っていた。
秘書に揺すられるも、焦点の合わない目で何処かを見詰めるだけであった。
*
SeaLoad運輸で事件が起こってから、二〜三〇分後。
海道組本社ビル。
社長室の窓を豪快に割り、男が進入する。
俊夫である。
「こんばんは、海道組社長さん」
呆気にとられた社長、上岡辰夫は、一瞬行動が遅れた。
インターフォンを押そうとしたその瞬間、視界がゆがんだ。
目眩とも取れるそのゆがみは直ぐに治まった。
──俊夫。どんな感じかな?
「えっ?
これで、終わりなんですか?
あっけないですね。
もっと……。
そう、苦痛でもあるのかと……。
それに、体は……。どこもかしこも、特に変わったようには見えませんね。
感触的には、いつも通りなんですね。
なるほど」
俊夫が、感心しているその隙に、インターフォンのスイッチを入れる。
「おい、誰か残っていないか?」
応答はなかった。
上岡は再度試みるも応答はない。
「てんめぇ、何をしやがった」
「あ、ぼく? これからやる予定なんだけど」
「な、何?」
その刹那、俊夫は上岡の背後に回る。
シュパン。
上岡の首に何かが巻き付く。
「あ〜、これでこのままやっちゃえれば良いんだけど」
──それは困るんだがね? 俊夫君。
「分かってますよ」
「だ、誰と話してやがる」
「さて、誰でしょう」
──それは俺とだよ。
耳からではない声に、愕然とする上岡。
「だ、だれでぇ」
──名乗る必要はない。
上岡の前に陽炎のようにゆらめく人影が現れる。
上岡の顔が引きつる。
首を軽く絞められながら、後ずさろうとする。
「だめですよ、逃げられませんから」
上岡の動きを封じようとする俊夫。
──さて、もう一人には、この光景でも見て貰いましょう。
「良かった、じゃない、か。会長に、見て、貰えて、さ」
この窮地を抜け出そうともがく上岡を、何とか拘束しようとする俊夫。
──逃げられはしないから、そうムキにならなくても大丈夫。
「あ、そうですか」
俊夫が少し力を緩めたスキに、上岡は俊夫を押しのけ逃れる。
俊夫と対峙しながらも、呼吸を整える上岡。
「くそ。
てめぇら、何処の組のもんだ!」
「はぁ? 組には所属してないよ」
呆気にとられる上岡。
所謂、出入りである。
当然、どこかの組から送り込まれたと考えるのが、その世界では常識である。
「何処の組でもないってぇのか?」
──その通り。
「くそ、またその声か。てめぇも出てこい」
──それは遠慮しとく。
「けっ、胸くそ悪い」
──さて、社長を特別ご招待しますよ。
「遠慮しとくぜ」
上岡の視界が暗転する。
*
少々時間は戻って。
”さて、もう一人には、この光景でも見て貰いましょう”、正史がそう言った直後。
「う、あ……。
な、なんだこれは!」
海道組ビル、その別フロアにある会長室。
会長の海道貞八。
今、海道の目には、会長室ではなく、社長室の光景が、俯瞰で見えている。
「な、何が、どうした」
素早くインターフォンを押す。
「おい」
応答がない。
──どうですか?
「き、貴様! 何者だ!」
──流石、会長。これくらいでは脅えないですか。
「回線を切断したか?」
──いえいえ、ここは元の場所であって、そうではない場所。お二方だけのご招待でして。
「ふ、ふざけたことを」
こんな異常事態でも平静を保てるのは、数々の修羅場をかいくぐって来たから、と言えるのかも知れない。
「ま、まさか。この間の殴り込みに関係があるのか?」
──ほぉ。察しが良い。
「と言うことは、これはまやかしか?」
──う〜ん。おしい。そうであってそうではない。
「人を小馬鹿にしおって。いい加減出て来んか!」
──大丈夫、後で会える。
──それと、映像だけだと退屈だろうから、音声もつけますよ。
──あ、そうそう、何処に出ても、誰もいませんから、では。
*
上岡の視界が戻ったのは、どれくらいの時間が経ってからであろうか。
一瞬のようにも、何時間も経ったようにも感じられた。
上岡は、首を巡らせる。
そこは良く知るビルの周辺、一ブロック離れたところ。
いつもと変わらない町並み。
時刻も先ほどと大して変わっていない、夜の帳が降りた時刻。
唯一の違いは、まるでゴーストタウンであるかのような静寂。
その中を、上岡は自社ビルへと向かう。
──何処に行く?
その声に答えることはしなかった。
黙々と歩き続ける上岡。
そして、いつものビルが、いつものように建っていた。
躊躇しつつも、中へと入っていく。
一歩一歩慎重に階段を上り詰め、事務所のドアを勢いよく開け放つ。
無人。
いや、社長室の方から、気配を感じた。
事務所に足を踏み入れ、慎重に社長室に向かう上岡。
──楽にならないか?
その声に、反応しそうになるが、押さえつつ社長室の前に着く。
ドアノブに手を触れたとたん。
視界がゆがんだ。
ドアノブから手を離そうとしても離れない。
──楽になりたくないか?
「くそ〜、てめぇ、いい加減にしろ!」
──やっと会話する来になったか?
ゆがんだ視界が戻る。
そこは、最初にいた社長室。
「……な、何のまじないだ!」
「おっかないなぁ。
まぁ、まじないでは、無いと思うんですけどね」
「何だと?」
──いやいや。ある意味においてはまじないかも知れない。
上岡は二人に翻弄されつつあった。
対峙している俊夫は、先ほどから使っている、帯状の布の様な物を右手に持っていた。
いつも左腕に巻き付けてあるアームバンドである。
──楽になれば、こんな苦労は直ぐ終わる。
「どういう意味だ!」
「だからさ。素直になれって、言うこと」
俊夫のアームバンドが、上岡の首に伸びた。
アームバンドは、差し出した上岡の左腕に巻き付いていた。
「ありゃ。外した」
──さぁ、全てを解放するんだ。
「な、なんの、ことだ」
「こ、これで、大丈夫ですか?」
俊夫が、心配して確認を取る。
──……強情な人だ。
──では、趣向を変えよう。
「う、うわぁ。や、やめろ」
上岡は縮んでいた。
周りには、どこかで見たような顔があった。
「こいつか?」
「こいつだろう」
「そうか」
「遠慮無く、潰そう」
そう言われた上岡。
──足か、手ででも潰す気か?
──な、何だと!
出てきたのは、札束だった。
札束で、上岡の周囲が潰され始めた。
どうなっているのか。
我に返った上岡が逃げまどう。
その最中も、あちこちが札束で潰されていく。
「こいつは悪い奴だからね」
「潰されていく辛さを味わって貰わないと」
必死に逃げまどう上岡。
それでいて周りの会話は、何故か鮮明に聞こえる。
──く、くそ。お、俺が何をしたと言うんだ。何処だ。何処に出口が……。
上岡は、愚痴と、独り言がごっちゃになっていた。
──出たいか?
「また、貴様か。自分で探す!」
──手伝いは入らないか。
「いらん!」
「まだだね」
「そのようだ」
頭上から響く声。
その間も、上岡の逃げるべき場所が減っていく。
狭まる逃げ場、次第に、精根尽きかけていく。
それでも、逃げる。
負ける悔しさがあるのか。
上岡は逃げ続けた。
──そろそろ潰されるぞ。
「あの。大丈夫なんですか?」
──根比べ、か。
上岡の口元に、いやらしい笑みが張り付く。
「よう、お前等。俺と取引しないか?」
「彼は、分かっていないようだ」
「うむ。では、ひと思いに」
札束が、上岡の頭上から見舞った。
──いや、参ったな。
「参りましたね、死んでませんよね?」
──ま、精神的なダメージはあるだろうけどね。
「ぼくは、撤収します」
──分かった。
*
チーン。
海道組ビルの地階にある駐車場。
エレベーターから初老の男が出てくる。
海道組会長、海道貞八である。
「お、お前が。お前が、上岡を……」
あるかないかの気配を漂わせる人物に気付き、何とか絞り出した言葉。
正面。人が佇んでいるのが薄明かりにうっすらと見て取れる。
「死んではいないよ」
佇んでいた男、正史が答える。
コトリ。
喋りながら腰を屈め、アタッシュケースの様な物を床に置く。
「な、何故分かる」
「お……、俺の中に招いたんだから」
その正史、海道には見えないが、大分疲れている様子。
息が上がっているようである。
カチリ、と音が響く。
アタッシュケースの様な物を開いているようである。
「な、何?
……まぁ良い。どういうトリックか知らんが、上岡をあそこまで追いつめるとは、良い腕だ」
幾分落ち着きを取り戻し、普段の海道の口調に何とか戻る。
その海道の皮肉とも取れる言いように、右手で何かを取って立ち上がる。
「あんたに褒められても、嬉しくはないけどな」
そう喋りながら、右腕を伸ばす。
「ん? 何をする? こ、ここでやるつもりか?」
右手の先には銃が握られていた。
銃を構え続ける正史。
「や、やめんか」
正史には止めるつもりはなかった。
冴子のこと、幸治のこと、中尾の両親のこと、悲しみ、怒り、憤り。
その全てを銃に込めるかのような、間。
正史は引き金を引く。
音はしなかった。
しかし、海道は、体を強張らせる。
全てを終えた正史が歩き出す。
その靴音だけが駐車場内に木霊する。
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下記、名称をクリックすると詳細を展開します。
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おかのやま ただし |
岡之山 忠
西暦1952年10月11日生まれ。身長/体重:168.6㎝/67㎏
職業:「海道グループ」SeaLead運輸 社長
正々堂々と勝負を挑む、実直な性格。
姑息、卑怯と呼ばれる手を使うことを一番に嫌う。
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かみもと しんいち |
神本 真一
西暦1969年06月18日生まれ。身長/体重:167.2㎝/58㎏
職業:「喫茶キルッズ」店員
勝ち気。故に、周辺でいつも諍いが絶えない。
全く考えなしに行動はしていないが、周囲にはそうは映っていない。損な性格。
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あしだ としお |
芦田 俊夫
西暦1970年10月20日生まれ。身長/体重:170㎝/58㎏
職業:芦田オート社員兼ドライバー
芦田家の長男として生まれる。
カートに興味を持つまでは、一人っ子特有のわがままな性格であったが、それ以降、人とのつきあい方が変わった。
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かみおか たつお |
上岡 辰夫
西暦1949年02月15日生まれ。身長/体重:168.8㎝/58㎏
職業:「海道グループ」海道組 社長
狡賢く、悪知恵が働く。
他人に対する優しさはなく、目上であろうと、上役であろうとライバルと認識するほどである。それ故の早い出世である。
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こぐれ まさし |
小暮 正史
西暦1969年09月06日生まれ。身長/体重:169㎝/55㎏
職業:私立探偵。岩井探偵事務所探偵
小暮正彦家長男として生まれる。
本来は温厚であり、何者に対しても優しく接することが出来る。
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かいどう さだはち |
海道 貞八
西暦1925年08月20日生まれ。身長/体重:165.4㎝/72㎏
職業:「海道グループ」会長
60を超えた今を持って、未だ、血気盛んと言える。
優しさが全くない訳ではない筈だが、臆面も見せることはない。その所為もあって、諍いが絶えない。
一代で組を会社に築き上げたプライドが、更に拍車をかけている。
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かいどうぐみ |
海道組
世田谷区の八幡山、環状八号線にほど近い場所にある。
建築屋として業種の転換をした。
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かいどうぐるーぷ |
海道グループ
本社は、世田谷区の八幡山、環状八号線にほど近い場所にある。
グループとしてローン会社、運輸の子会社を有するほどに急成長を遂げている。
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アームバンド
芦田俊夫が常に身につけている黒いアームバンド。長さは50㎝。
通常、左腕に斜めに巻き付けてあり、はずし方は、引っ張るだけ。
実は表裏があり、両端以外の裏側にダイヤモンドの微粒子を付着させてある。
今回は未使用であるが、仕事の際は裏返し、相手の首などに巻き付け、素早く引っ張る。これにより、ダイヤモンドの微粒子が半ば強引に引き裂く。
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小暮 正史の銃
正史が使用した拳銃。ガバメント。
但し、弾が発射された痕跡がないため、本物ではなくモデルガンと思われる。
また、日本人には、重くて撃つことが出来ないとも言われているため、先ず間違いなく本物ではないと思われる。
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Copyright(C) 2008,2013 木眞井啓明