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Soly japanese only.
書き物の部屋のイメージ オリジナルと二次創作を揃えております。拙い文章ですがよろしく(^_^)!
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     1


 壁の時計に目をやる。
 時刻は、二三:〇〇。
 フーッ
 ズズズ。
 フローリングの部屋に響く、何かをすする音。
 食べているのは、どうやらインスタント麺の類。その容器からもそれが伺える。
「姉さんにしては珍しいな」
 他に、誰かがいる訳ではない。
 食べながら、つい、独り言が口を衝いて出てしまっているのであろう。
 フーッ
 ズズズ。
 食卓で食事をしている訳だが、流しも見て取れる事から、台所兼食卓である。
 昭和時代の香りがする日本家屋、と言うことになろうか。
「ま、デートだから、仕方がないっちゃ、仕方がない、か……」
 また、呟く、と同時に、時計に視線を向けている。
 やはり心配なのである。
 久し振りのデートとは言え、更に、恋人の職業柄会う機会が少ないとは言え、三月である。
 朝晩には、まだ冷え込むのだからと思うのである。
 この、姉=冴子の心配をする男。
 普段着なのか、帰宅して間がないのか。
 グレーで白の織り柄のある厚手のシャツに、デニムパンツである。
 耳が隠れる程度に長い黒のストレート髪、ややつり目で、細い部類の目、鼻筋が多少通っている少々大振りな鼻の顔立ち。
 細身に属する体格であるが、ひ弱には見えない。例えるなら体操選手である。
 小暮正史。二一歳。
 岩井探偵事務所で探偵をやっているが、まだまだ、駆け出しである。
 そんな正史にも、うんざりしていることが一つあった。
 冴子の小言である。
 だが、そうは言っても姉弟である、いつもより帰宅が遅いことに、心配しない筈もない。
 確かに、今までにもここまで遅くなることはあった、しかし今日は、電話がない。
 落ち着かないのも致し方がない。
 その正史は夕食を終え、テレビを見ていた。
 いや、点けているだけに等しい。
 時計を見ては、立ち上がりかけているからである。
 何度か、逡巡した頃、時刻は〇:〇〇を回っていた。
「くそっ!」
 弾かれたかのように家を飛び出し単車に……。
 急発進で敷地を飛び出し、周囲を探す。
 正史と冴子は、一戸建てが目立つ場所には珍しい、アパートに暮らしていた。
 東京都世田谷区宇奈根。
 多摩川にほど近い住宅街、と言えば聞こえは良いが、公共の交通機関が充実しておらず、足が必要である。
 単車を操り、走らせる。
──姉さん、何処だ!
 時折スピードを落とし、あるいは止めて辺りを窺い、また走り出す。
 何故、今日に限って気にかかるのか。
 冴子の帰りが遅いことに……。
──いない……。今日は、そっちか?
 ふと思いついた、冴子が最近のお気に入りである二子玉川方面へと向かう。
 しかしそこで、冴子を発見することは出来なかった。
 二子玉川で、探す宛の無くなった正史。
 アパートに戻るが、自室に明かりは点いていなかった。
 時刻は一:〇〇を回っていた。
──まだ、か……。くそっ!
 土煙をもうもうと上げるが、敷地を出たところで単車を止める。
 何処にいるのか、項垂れ、跨ったまま蹲る……。
──狛江駅周辺か……。
 走る。
 一本道をひたすらに走る。
 右手に力が入る。
 冴子の無事な姿を見るために、疾走する。
 前方に高架が見えた。
 この場所に差し掛かるのが、いつもより
遅く感じた。
 心が逸っているのだと、気が付く。
 心を落ち着けるように努める。
 そうは言っても、いつもと違う状況、いつもは思わない想い、どうしても急いてしまう。
 ガオォォーン。
 もの凄いエンジン音と共に、前方に一台の車がドリフトしながら飛び出してきた。
 正史はとっさに、単車を流す。
 ぶつかる。
 一瞬で覚悟を決めた。
 しかし、いつまで経っても、衝撃は来なかった。
 立ち込める異臭、低いアイドリング音で回避できたと悟る。
 しかし、動けなかった。
 ぶつかると言う恐怖。
 ぶつからなかったと言う安堵。
「はぁ。はぁ」
 車を探すが、見あたらなかった。
──くそ〜。逃げたか。
 再び走り出そうとした時、視線が路地に向く。
 無視しようとするが、してはいけない気がした。
 悩んだ挙げ句、路地へと入って行く。
 正史は、感じたモノを探す。
 早く冴子を見つけたい。
 見過ごしてはいけない。
 苛立ちが沸き上がる。
 押さえる。
──うぉ〜。
 キッキッ!
──くっそ〜。何をやってるんだ!
 今の正史は、焦りに支配され、落ち着くことすらままならない。
──何処に、何処にいるんだ姉さん……。くっそ!
 思わず空ぶかしする。
──……。くくくく。……かなり焦ってないか?
 スー。フー。
──……。良し!
 幾分か落ち着きを取り戻し、先ほどよりスピードを上げる。
 路地を抜け、多摩川の土手下に出る。
「ふ〜」
 メットを外すと、空気が頬を刺す。
 相当に上せた頭を冷やしてくれる。
──姉さん……。何処にいる……。無事でいてくれよ。
 だが、宛があるわけではない。
 走り回った挙げ句、徒労に終わることもある。
 そうは言っても、居ても立ってもいられないのも、また事実である。
 視線を巡らせる。
 下流方向に目が止まる。
──行くか……。
 アクセルを開ける。
 走らせることしばし、再び、正史は何かを感じ取る。
 キキッ!
 左手に囲いのある資材置き場。
 開け放たれた入り口。
 手頃な武器は、ない。
 足音を忍ばせ、敷地内へと入っていく。
 資材が、迷路のように配置されている。
 幾度目かの分かれ道、右へ行こうとした時。
 正史の耳に、微かな音、あるいは、うめき声とも取れる音が聞こえた。
 目を瞑り、耳に意識を集中する。
──……聞こえる。……うめき声だ!
 目を開き左へ……。
 いつの間にか、走り出していた。
 冴子ではないと言い聞かせながら、祈りながら。
 それは、不安からなのかも知れなかった。
 微かな声が次第に大きくなる。
 資材の山が開けた場所。
 正史は、止まったまま動けなくなった。
 目に飛び込んできたのが、冴子の恋人であったから。
「中尾さん!」
 中尾幸治、二五歳。
 やや茶の入った五分刈りの頭髪に四角い顔、大きめの目、太めの眉を持ち、鼻筋が見えにくいため、団子っ鼻に見えてしまう顔立ち。
 正史に比べれば、太っているように見えるが、鍛えた太さである。
 しかし、今は見るも無惨、に近い。
 警視庁成城警察署の刑事であるが故であろうし、恋人である冴子を守るためであろうその傷。
 正史は、幸治に駆け寄り揺する。
 幸治からは、何も返ってこない。
「……ね、姉さんは?」
 立ち上がり損ねながら、更に奥へ。
 そこには、正史が想像したくない光景があった。
「……うっ……」
「……ね、姉さん!」
 冴子に走り寄り、抱き上げる。
 年は二三歳。大手スーパーで準社員。
 黒くつややかな長い髪は腰近くまであり、つり目でも、たれ目でもないやや大きめの目も、鼻筋が多少見える小振りな鼻も、無意識に守ったようで傷は少なかった。
 それでも、瀕死の状態であることは、体の傷が物語っていた。
 只、彼女を印象点けていた、女性特有のふくよかさが、ここまで命を繋いだのかも知れない。
 正史につい小言を言ってしまい、怒られることしばしばだが、姉弟仲は悪くはなかったのに、である。
「姉さん! 姉さん! 何故」
 虫の息の冴子に、その言葉が届かないのか、答えがない。
「姉さん! ううっ……。姉さん!」
 嗚咽しながら、冴子の頭を抱きながら、呼び続ける。
「……ま……さ……し?」
「そうだよ」
「……まさ……し。あ……えて……良かっ……」
「姉さん!」
 今にも消え入りそうな冴子の灯火。
 冴子が死ぬ。
 正史は、それが許せなく、理解しがたかった。
「姉さん。目を開けてくれよ」
「……まさ……し……。こ……れ……」
 冴子の手にした手帳。
 正史は震えながら受け取った。
「……こう……じ……さん……の……よ」
「分かった。……警察に、渡すよ」
 一瞬、冴子の表情がゆるんだように見えた。
 正史の中で何かが揺らいだ。
「……だめ……よ……つかっ……」
「えっ?」
「……おね……が……い……」
 そう言いながら、冴子は、沈黙した。

     *

 甲州街道にほど近い、東京都調布市柴崎。
 閑静な住宅街にある、幸治の自宅。
 現場を警察にまかせ、幸治の両親に報告をするため訪れていた。
 幸治の母親である幸代は玄関先で泣き崩れ、父親の孝治は、正史を抱き寄せて泣いた。
 正史も孝治に抱きついて泣いた。
 しばらくして、孝治が何とか立ち直り、正史を招き入れる。
 八畳の和室。
 木目の浮いた低いテーブル、茶箪笥などが整然と置かれた居間。
 その居間に落ち着いたところである。
「正史君。気を落としてはいけないよ」
「……はい」
「……ま、私が言うのも変だがね……」
 敢えて、強気を保とうとする孝治。
 正史にも心情がひしひしと伝わってくる。
 それは、正史にとって心強いことであった。
 だが、冴子と幸治を殺した人物に対して、怒りが込み上げて来るのを押さえきれない。
 もう一方で、冴子の遺言となるであろう最後の言葉も、耳に残っている。
 手に触れられる感触で、我に返る正史。
「……正史君」
「今、君の心は、復讐心で一杯かも知れない。
 だが、それを実行しようとしてはいけないよ」
「……分かってます……。
 だけど……」
「うん、うん。
 冴子さんしか残っていなかったものな、復讐したいなどと思うな、とは言わない。
 私も、いや、妻も同じ気持ちでいるはずだ。だが、実行することだけは、私が許さない。
 冴子さんとて、それを望んではいないだろう」
 孝治の手を握り返す正史。
 互いのぬくもりが、お互いをいやし合うかのようであった。
 その後、会話が途切れがちにはなったものの、孝治の申し出を受け、仮眠を取ることにした。
 しかし、寝付けるはずがなかった。
 その目は、明らかに復讐に燃えていた。
──姉さんの敵を取る! 約束を破ったとしても。

下記、名称をクリックすると詳細を展開します。
こぐれ まさし
小暮 正史
西暦1969年09月06日生まれ。身長/体重:169㎝/55㎏
職業:私立探偵。岩井探偵事務所探偵

 小暮正彦家長男として生まれる。
 本来は温厚であり、何者に対しても優しく接することが出来る。
こぐれ さえこ
小暮 冴子
西暦1967年09月16日生まれ。身長/体重:162㎝/45㎏/スリーサイズ未定
職業:スーパーの準社員

 小暮正彦家長女として生まれる。
 温厚な部類にはいるが、つい小言を言ってしまう。
なかお こうじ
中尾 幸治
西暦1965年10月12日生まれ。身長/体重:170㎝/60㎏
職業:警視庁成城警察署刑事課

 中尾孝治家、長男として生まれる。
 戦前生まれの両親を持つためか、父親譲りの頑固一徹を絵に描いたような人物。
なかお たかじ
中尾 孝治
西暦1930年05月12日生まれ。身長/体重:160㎝/65㎏
職業:元農家

 幸治の父親。  戦前生まれのためか、頑固一徹を絵に描いたような人物。
なかお ゆきよ
中尾 幸代
西暦1937年 生まれ。身長/体重:155㎝/50㎏
職業:元農家

 幸治の母親。  戦前生まれのためか、夫である孝治に付き従うところもある。
 一人息子の幸治には、何かと世話を焼きたがる。
うなね
宇奈根
 東京都世田谷区の外れ、多摩川沿いの狛江市との境にある。
 住宅街であるが、公共交通機関の空白地(作品年代として)。
小暮 姉弟の住居
 東京都世田谷区宇奈根にあるアパート。
 アパートメント・藍。高級な部類に入るアパート。
中尾家
 東京都調布市柴崎にある一軒家。
 家族三人で暮らしている。極一般的な住居。
小暮正史の単車
 KAWASAKI GPZ400R
 中古で購入し、ほぼノーマルのまま。色は黒。



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