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どこなのか特定が出来ない程に暗い、しかし、それでいて真の闇ではない場所……。そこに、ゆっくりと灯っていく明かりがあるのだが、それは昼のような明るさにはほど遠く、足下だけをほのかな明るさに照らすにとどまった。
浮かび上がってきたのは、直立していることから地球人類と同様の“種”であるようだ。それらが、円形に並んでいること、人数が五人程であることが辛うじて分かる程度である。そして、先ほど灯った明かりが背後であるため、うっすらと見える服装からしても容易に男女の判断が出来そうにない。
果たしてここで、これほどまでに明かりが必要とされない何を行うのであろうか。
「現状、このままで良いと考えますか?」
静けさの中、会議などで口にする前口上すらなく、いきなり議題と思われる事を淡々と話し始めた人物がいた。
この最初に発言した人物は、声の質などから地球基準で言うところの男性に該当すると思われる。
「現状? どうなのかなぁ」
やる気があるのかないのか、判断が付かない上に間延びした口調で喋っているが、聞き手によっては、子供じみた口調ととられても不思議ではない。
この二番目に発言した人物は、声の質などから地球の基準で言うところの女性と思われるが、威厳どころか緊張感すら微塵も感じさせない。一体どのような人選がされているのであろうか。
「あなたのその喋り方、どうにかした方が良いわね」
二番目の発言者に対して放たれた容赦のない言葉は、常日頃から気になっている事柄なのであろう事が覗える。
この三番目に発言した人物は、声の質などからどうやら女性と思われる。
「え~、なんでよ」
「後できちんとお話ししましょう。……それで、“現状”とは何を指しているのか言って頂戴」
「今の状態のことだろう」
三番目の発言者の言いように、かなりぶっきらぼうであり、半ば呆れ返っているのではないかと感じさせるに十分な喋り方である。
この四番目に発言した人物は、低めの声の質などからどうやら男性と思われる。
ここまでの、二番目の発言者も含めた発言には、お世辞にも格調が高いとは言いがたい。いずれにしろ、何らかの条件によって選ばれたのであろう者達と考える他ないようである。
「今なのは分かっているわ。どちらの今か、と言う質問よ」
三番目に発言した人物が口を開いたが、言葉の端々に苛立ちが垣間見える。遠回しな言い回し(あるいはオブラートに包んだ言い回しの類い)は好みではないと見える。
「?……あ、なるほどぉ。で、どっち?」
今更に気がついたかのように、二番目の発言者も同意するが、緊張感に欠ける口調であるのは変わらないようである。
「何を今更……。相変わらず、抜けているな」
二番目の発言者の言葉に、かなり呆れ返っている事が、言葉もさることながら口調からも察する事が出来る。
「関わった件ですよ」
「その件は、こちらの管轄ではないと認識していますが?」
しばらく沈黙していた最初の発言者が、やや脱線しがちであった議論の修正を図るかのように発言する。すると、最後、五番目の発言者が、間髪を入れずに喋っているが、単に規則的な内容を述べているに止まっているように感じられる。
この五人目。最後に発言した人物は、声としては低めであるのだが、男性のそれとは違うため女性と思われる。
「だとしても、だ。大分前から関わっているんだろ。管轄外だと言って、済まされる問題ではないだろう」
「う~ん。だとして、何か打開策はあるの?」
「拘わりを断った方がよいと考えますが?」
「もう少し、詳細な部分で話した方が良いわね」
「詳細とは何だ?」
「どの部分を、どうするかと言うことよ」
最初の発言者の軌道修正が功を奏して、本来議論すべき事柄に戻ったようである。そして、どうやら地球で起こっていることを話しているようである。しかし、現状で起こっている全てに対してを議題にしてはいないようである。
果たして、この集団は何を語っているのか……。
「……待って下さい」
「討議中に、何だ?」
「呼ばれました」
意見を出している最中、唐突に、最初に発言した人物が議論を中断させる。だが、議論中、五人以外の声はなかった、筈である……。
「またお前か」
四番目に発言した人物が、愚痴と分かるように呟いているところから察するに、最初の発言者にのみその声は聞こえているのであろう。
「……それは決まっていることだから仕方がないでしょう」
この四番目と三番目の発言者の言葉と、他の人物からも否定する意見がないところから、この場にいる全員が、最初の発言者が“呼ばれた”のが、誰からであるのかを承知済みと言うことなのであろう。
「分かってはいるが、癇に障る」
四番目に発言した人物は、少々機嫌を損ねたようだが、それに構うことなく最初に発言した人物が……。「行ってくる間、討議を中断します」
伝え終わると、薄明かりが消える。
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どれほどの時間が経ったのであろうか、薄明かりが灯る何処ともしれない場所……。その薄明かりに、人影が五つ浮かび上がる。だが同じように、人物が特定できる程の明るさがないのは変わりがないようである。
先ほどの発言順で、四番目に発言した人物が口を開いて、 「呼び出しの内容について聞く」と発言したのは、真っ先に聞きたいことであったからであろう。
その問いに対して、最初に発言した人物は直ぐには口を開かなかった。薄明かりであるため、動きを見て取れないのだが、押し黙っているだけなのか、あるいはぐるりと見回しているのか。そして徐に……、「これ以上、拘わることを禁じられました」と告げたのである。
最初の発言者の口調からは、怒りや悲しみといった類いの感情は感じられなかった。納得している、あるいは想定済みであったと言うことなのであろう。
「……そうか。だが、ここまで関わってしまったのだ、もう少し様子を見ても良いと思うが」
「ここで関わりを立つのも、中途半端ですね」
「あなた。先ほどは関わるべきではない、と述べたと認識していたのだけれど?」
「……そうでしたか。そうだったかもしれませんね」
「そう……。そうは言っても、既に結論は出ているのでしょう?」
「……確かに、そうかも」
「関わりすぎている。結論が出たとしても覆せるのではないか?」
「関わりすぎているのは確かですね……。ですが、それぞれに目的があるのも事実で、お互いに関わりは持たないことになっているのも事実です」
しばしの沈黙。
意見が出尽くしたと判断したのか、最初に発言した人物が、「次を最後として、関わりを絶ちます」そう宣言するに至ったのである。
「但し、だ。関わってしまった分を精算するのであれば同意する」
四番目に発言した人物の意見が出たところで、再び沈黙が訪れる。そして、他の意見がないことを確認したと言うことなのか、最初に発言した人物が、「では、討議を終わります」と集まりの終わりを告げた。
照らされていた薄明かりが消え、再び闇に閉ざされる。
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「誰もいません、か。……あっ。そう言えば、買い物に行くと言っていましたね。……それにしても、家の両親だけなのでしょうかね。未だに夫婦揃って買い物なんて、仲がよろしい事ですけれどね」
居間のドアを開けながらそう呟く人物がいた。
日曜日の昼下がりである。そうは言っても、両親の外出にも気がつかないとは、なんと暢気な御仁であろうか。
“ピンポーン”とチャイムが鳴り、その人物が玄関のドアを開けると、「利樹兄ちゃん。用事は終わった?」と、開口一番に聞く内容がこれである。それほど親密と言えるのかもしれない。
唐突に、質問された利樹は、「里子ちゃん……。いらっしゃい」と里子がおざなりにした挨拶を返した後……。
「……はい。終わりましたよ」
「それじゃぁ。おじゃましま~す」
確認もそこそこどころではないにも関わらず、さっさと上がり込んでしまう里子であった。勝手知ったる他人の家、と言ったところであろうか。
「里子ちゃん、まだ良いとは言っていませんよ」
「そう硬いことは言わないでよ、知らない仲じゃないんだし」
「あのですねぇ。……はぁ。仕方ないですねぇ」
呆れ返るしかない利樹であったが、表情からは怒っているそれではなく、困っていると言ったところのようである。
「利樹兄ちゃん、お昼食べた?」
「いいえ、まだですよ」
「じゃぁ、何か作ろうか? 私もまだだし」
そう言いながらキッチンに入り物色を始める里子は、冷蔵庫まで開ける始末であるが開けたまま止まってしまったようである。
「里子ちゃん、冷蔵庫を開けたままはいけませんよ」
「う~ん。これは……」
「どうかしましたか?」
「うん、お昼の準備完了してる」
「ん? あぁ~。なるほど」
合点のいった利樹であったが、里子が一向に動かないことから、「どうしました? 出して下さい、食べますからね」と、そう告げる利樹が見ている傍で、次第に里子の表情が緩んでいくのを目の当たりにしたのである。
「二人分あるよ」
「はい?」
――……あっ。里子ちゃんの来襲を予想していたんですね……。自分の母親とはいえ、洞察力というか何というか……。なるほど、いつものことと言えばそれまでですか。
思いに耽る利樹であったが、目の前にいる里子は、微笑んで冷蔵庫からお昼を取り出していたのである。そして、食卓に準備を済ませて席に着く二人であった。
「いただきます」
「いっただっきま~す」
少々遅めの昼ご飯を食べ始める二人は、傍から見れば、仲の良い兄妹と言ったところであろうか。ま、それも、利樹の母の昼食を、おいしそうに頬張る里子がそう見せていると言っても過言ではないであろう。
「利樹兄ちゃん」
「何ですか」
「用事って、え~、今だと……。思い出した! で、どうだったの?」
「そうですね……。結論は出ましたよ、今後どうするかについて。……とは言っても、上からの圧力もありますけれどね」
「そっか……。私も参加できたら良かったな……」
箸を止め、いつものらしさが消える里子に、利樹は何も言えないでいた。だが、それもほんの少しの間だけであり、箸を動かしていつもの表情に戻って「……ま、こればっかりは、先に生まれた者勝ちって言うのもあるしね。で、今回みたいな事って前にもあったのかなぁ?」と、あっけらかんとした物言いで切り替える里子であった。
「そうですねぇ……。……過去にも、あったらしいとは聞いたことはありますね」
「ふ~ん。その時はどうしたのかなぁ」
「どうでしょうね……。ですが、余り、接点は残しておきたくはないですよ。いろいろ、ありますからね」
少々重い雰囲気を醸し出す会話となったのだが、里子が納得したのかしていないのか「そっか。難しいね」と言って終わらせることにしたようである。
「えぇ」
軽く相づちを打った利樹も、この話題を続けるつもりはないようである。
~第八章 「圧力」 完
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