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「臨時ニュースをお伝えします」
「ん?」
「世界各国で発生しております事態に対し、日本国内の学校で対応が発表されました。
……まずは基課学校についてですが、全ての学校でお休みとなる休校と発表されました。続きまして専課学校についてです。始めに、学校がお休みとなる休校の学部です。……芸術学部、社会法律学部、文学部……」
キャスターは冷静に、そして淡々とニュースの内容を読み進めている。
基課学校が簡素な内容となっているのには理由がある。旧来の区分けで言えば小学校と中学校に当たるため、学部などの考え方がないためである。一方、専課学校はと言えば、基礎となる学部を除くと社会のニーズに合わせた改変や新設などを繰り返してきていることから、多岐に亘っている関係での伝え方となっている訳である。
「……続きまして、講義のみお休みとなる休講の学部です。応用産業学部、基底学部……」
ニュースは次々と専課学校、各校の対応を伝えている。
「おぉ~。なんか凄い事になってきたねぇ」
「そうかなぁ? でもさ、相変わらず基底学部は休校になんない~」
「それはそうね。物理、化学、数学などは、概ね産業などの基礎になる学問よね。当然、事態に対応するには、基礎の学問も必要になってくる……。楓、聞いているのかしら?」
「……あ、うん。でもさぁ、応用の方が幅広いし、重要だと思うけどなぁ」
「楓ってば、さぼりたいだけだよね」
「聖美、なんて事言うかなぁ」
「……楓?」
「あに?」
「顔が笑ってるよ」
その後、楓が大あわてで言い訳したのは言うまでもない。
「続けるわよ」
「うん……」
「……いえ、簡潔に終わらせましょう。必要となると考えられる学部は講義をお休みにして、いつでも対応できるようにする、つまりは、待機する意味合いもあって休講になると言うことね。それから、楓の言った応用に類する学部は、当然として事態に対応が可能なのは明らか。加えて、工業関係は、簡易ではあっても物を製造することが可能、との視点から必要な学部に含まれるわね。これで良いかしら? 楓と聖美?」
「何であたしまで……」
「良いわね」
「……は、はい!」
迫力に負けて返事を返す聖美は、蛇に睨まれたカエル、と言ったところか。
「明子ぉ。それは?」
「どれ?」
「これこれ」
薫の話に飽きたのか、楓はいつの間にか検索に戻っている始末である。
「楓?」
「ん? あに?」
「何をやっているのかしら?」
「え? 何って、検索じゃん。もう、薫ってば」
「はぁ……。あなたって人は……」
そんな遣り取りをしている楓達は、再び講義棟の二階にあるコンパートメントに戻っていた。未だに錯綜している情報から、何か得られないかと検索を続けていたのである。しかし、膨大とも言える情報の中から有用な情報を探すのは、相当に骨の折れることではある。そうは言っても、これほどの事態である、情報が欲しいと思うのは当然と言えた。
楓達が検索と痴話話をしていると「よっ。本藤さん。何か情報は?」開け放たれたコンパートメントの入り口から声がかかる。
「あら。今のところは、これと言った情報は無いわね」
「本藤さんでもだめか……」
「何を言っているのかしら? 私もあなた方と一緒よ」
「あっ……すまん。本藤さんなら何かこう……」
「はぁ……。よろしいかしら? いくら私でも、正確な情報がなければ答えは出ません」
「……そ、そうだね。邪魔したね。何かあったらよろしく!」
──なんて事かしら。全く気がつかない、いえ、気が回らなかったなんて……。検索しているのが私たち以外にも出てくるのは当然ね。……私もある意味、パニックになっていたと言う事かしらね……。
声を掛けられて初めて周囲に気を回す余裕が生まれた薫が、コンパートメントの外を見ると……。
「あら。随分凄いことになっているわね」
「あにが?」
「外を見てご覧なさい」
「……おぉ! すんごいことになってるぅ」
一人用のコンパートメントは元々スペースがないため、さほど生徒が群がってはいない。しかし、複数人用のコンパートメントには、生徒達が群がっているところもあった。
「そこじゃないよ」
「えっ? どこよ」
「いい、もう一回言うよ……」
等と、携帯端末で検索している生徒がいた。どうやらコンパートメントを取り損ね、それならと、自分たちで調べ始めたのであろう生徒達がそこかしこに見受けられる。
「……そう言えば、何でここは群がってない?」
「藤本先輩。それはですね。」
直ぐ隣のコンパートメントに群がっている外側にいた女生徒が、振り向きざまに声を掛けてきたのである。
「そ、その声は……」
「本藤先輩が、そこに、い・る・か・ら、ですよ」
「美也ちゃん……。まぁ、分からないではない。……けど、薫には聞かせたくないね」
「……そうね。私は偉人でも何でもないのだけれど」
「うわぁ! びっくりしたぁ。背後からいきなり話さないでよぉ」
「あら、ごめんなさい」
「あ。本藤先輩」
ハートマークでも付きそうな眼差しを薫に向ける、美也と呼ばれた女生徒であった。
「そう言えば美也ちゃん。こっちに加わればいいのに」
「邪魔したくないですから」
「美也ちゃん。そんな必要はないのだけれど?」
「良いんです。まだ若輩者ですから、皆さんで解決して下さい」
顔を見合わせる薫と楓は、苦笑いをしていた。
──いろんな意味で、絶対勘違いしているよ。この子は……。
「はぁ~」
楓は疲れたのか、あるいは諸々のことになのか、ため息をついていた。
「薫。外のことはほっといてもいいでしょ。それよりこっちじゃない?」
助け船とは言えないが、中から明子の声が聞こえてくる。
「……そ、そだね。薫は中に入ってた方が良いかも」
「……何か釈然としないけれど、そのようね」
*
「だぁ。何で、こんなぶれまくってる動画しかないの!」
「仕方がないわね、所詮は素人ですものね」
「う~ん。これなんかどう?」
「これ? だめねぇ、遠すぎる」
「……あぁ」
楓達はもちろんのこと、全生徒が検索を続けている。しかし、これと言った情報は未だに見つけられていないようである。更には、ここ数時間のニュースや報道による情報ですら、事態が錯綜していることを物語るに至っており、未だに正確な情報は無いままである。
「最新のニュースをお伝えします。
世界各国で発生したパニックは、次第に治まりつつあるとの情報が入ってきました。次いで、日本国内についてですが、こちらも次第に治まってきている模様です。……それではARCCの取り纏めた、日本国内における状況です。上空の物体による死傷者についてですが、現時点では入っていないとのことです。一方、誘発されたパニックによる移動の際に、怪我人が出ているとの情報があります……」
「あぁ、ニュースはもういいよぉ」
「そうね」
悲壮感。いや憔悴と言った方がよいのか。明子も楓も聖美ですら疲れ切った表情をしている。当初の頃より、検索結果に目新しい情報がなくなっていたことも要因の一つと言える。
「もう! こんなんばっかじゃ、何にも分かんない~」
「確かにそうね。地上からで個人の撮影だと、これ以上は無理かしらね。……それと、一つ気になることもあるわね」
「そうよね」
「へっ?」
「へぇ~。楓は分かんないのぉ」
「む。聖美だって分かってないくせに」
「あんですって!」
苛立ちからであろう言い合いが始まるや否や、ため息をついた薫が咳払いを一つすると、楓と聖美は引き攣った表情で言い合いをやめた。
「……検索する限りにおいては、どこにも声明が出た、あるいはそれに類する書き込みがないのが気になるわね」
「その類いの書き込み、見つからなかったわねぇ」
「おぉ」
「あに言ってんの、そんなの埋もれて見逃してるだけだよ」
「そうかしら?」
「聖美ぃ……。この学校だけで、どれだけの生徒が検索していると思うのよ」
「……あっ。そっか。確かに」
「でもでも」
「……そう。今のところ誰一人、反応を見せていないわね」
「もっと言えば、ニュースの方が早いかもしれないけれどね」
「そうね。……一般論として言えば、誰かが利用してもおかしくない筈よ」
「あ、な~る」
「でもでも」
「そう、逆もまた真と言うことね。これだけの事象をどうやれば起こせるのかしらね。そう言った類の物を誰かが利用したとして、嘘、と思われる、いえ、信じる人はいないでしょう。だから、利用しようと思うことすらない、それほどの事象であると言うこと」
「そこまで人の心理を読んでいる、と言うことね」
「……心理って。明子ぉ、考え過ぎじゃない?」
「もしかしたら、そうなのかもしれない……。だけれど、まだ分かっていないこと、いえ、分かっていることなんて殆どないのだから、いろいろと可能性を考えてしまうのは仕方のないこと」
「う~。なんか難しくなってきたぁ。……でも、結局、誰が、何で?」
「それを知るために、調べているのではないのかしら?」
「……そ、そうなんだけど……」
「臨時ニュースをお伝えします」
「まぁただ。どうせ、ろくでもない……」
聖美がボリュームを絞り始めると……、「地球連合による、連合軍の出動要請に関する続報です……」
「ボリュームを上げて」
「あ、うん」
「我が国でも、所属の航空部隊が出動した、との情報が入りました。目的は、上空にある物体の調査とのことですが、戦闘機も含まれているとの情報があります」
“出動要請”というフレーズに聞き入る楓達。いや、他のブースでも固唾をのんだことに違いない。ある意味、緊急事態と捕らえて差し支えないであろうからである。
「……何でそうなる?」
「……いや、戦闘機はないだろう」
「建造物の正体が分からないんだから……」
コンパートメントの外、検索に直接参加出来ていない生徒達の声が、そこかしこから聞こえてくる。それが次第に口論へと発展しているところも出ているようである。
一体、どうなってしまうのか……。
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「四日目だね」
「だからあに」
「え~と、休講長いな、と」
悲しいとも、嬉しいともとれない表情をしながら、そう口にする楓である。
「この状況だと仕方がないわね」
「薫、冷静すぎ」
「嘆き悲しんだり、嬉しがってもしようがないからよ」
「うわぁ。薫ってば冷静ぃ」
「何か?」
薫の口調と表情から、思わず首を横に振る楓と釣られて首を振っている聖美がいた。
ここは、楓達が通う専課学校のコンパートメント。既に四日が経っているが、事態にこれと言った進展はなかった。いや、上空の建造物の正体すら分かっていないのが実情である。
そんな事態の中で、相も変わらず学校に出てきて調査を続けている楓達である。
「うふふ」
「……あ、あにが可笑しいのよ、明子」
「ごめんねぇ。だって、こんな状況でも、みんないつも通りだから……。なんかいいかなぁと」
「う~」
「そのようね」
「あ、あのさぁ」
「何かしら?」
「生徒、少ないね」
「そのようね」
「はいっ? 楓は何言ってんの?」
「……楓が言いたいのは、こんな状況なのに生徒が少ない、と言う事じゃないかしら?」
目を見開いて“どうして”と言わんばかりの表情をする聖美が薫を見る。しかし、思い直したのであろうか……。
「ない、ない。そこまでの意味なんてないんじゃ……」
「聖美!」
「あ、あい?」
「酷いじゃない! 何で、楓ちゃんがそんなこと考えちゃいけないの!」
「……え、え~と。そう言う……」
「じゃぁ、どう言う意味よ」
頬を膨らませて聖美に詰め寄る楓に対し、幾分怯んでいる様子の聖美であった。
「……ごめん」
「うん、分かればそれでよし!」
「……で、何でそんなに気合いが入ってんの?」
「だってぇ、そうでもしないと怖いじゃん」
「あ、な~る」
「それとね。昨日までだって、そこそこ解析できてた訳だし」
「うむ、なるほど。それじゃぁ、楓君。続きを始めよっか」
「おぉ!」
楓と聖美はここ数日、必要以上とも思える熱血ぶりを発揮して解析を続けていた。その理由の一端が楓から吐露された。その一方で、聖美の方も同様、あるいは楓に負けられないと言う思いもあるように感じられる。
「……楓、そう言えば、上埜教授に許可は取ってあるの?」
「あにが?」
「だから、いろいろとバーチャルで解析機能を使ってるでしょ」
「あ、それは……」
「取ってないのね」
「ち、違う違う。バーチャルで解析しますって、言ってある」
「……やっぱり……。だとすると、このあたりの解析機能は使えないわよ。また忘れたのね」
「へっ? そだったけ?」
「全く……。良いわ、許可申請を今から出しておくから」
「明子ぉ、助かるぅ」
「本当に、しょうがないわねぇ」
悪びれもせずにこやかに返す楓に対して、心底しょうがないこと言いたげな明子の表情であった。
許可申請を出すことより解析を優先でもしてしまったのか、あるいは夢中になりすぎたと言ったところであろう。いずれにしろ、楓らしいと言えばそうなのであろう。
「やぁい、怒られてるぅ」
「あんですって」
「聖美。楓に茶々を入れていて良いのかしら?」
「うっ。わ、分かってるよ」
「あらま。うふふ」
「明子、笑ってるば……あいじゃ、ないのはあたし?」
「どうやらそのようね。楓は張り切ってるわよ」
「うっ……。ようし!」
いつも通りの四人は、バーチャルでの解析を続ける一方、薫と明子は、あきれながらも軌道修正していき、楓と聖美をフォローしているようである。
付き合わされている、と言った印象は、薫と明子の表情からも見受けられない。ある意味、二人と一緒にいることで、恐怖心が和らいでいるのかしれない。何せ、何をしでかすか分からない二人であることは否めないからである。だからといって、気楽なものではないのもまた事実であり、今回の事象に対する解析に、順調というものがあるのか甚だ疑問だからである。
そんなこんながありつつも、視点を変えつつバーチャルで出来る解析を続ける四人であった。と、突然、バーチャル内に、赤い点滅が広がった。
「何が起こったの?」
「外を見てくるわ」
色めき立つ薫と明子が慌てだした。
「あ、薫ぃ。バーチャル中は無理だよぉ」
「楓。いい加減に覚えないさい、緊急コマンドがあるでしょ。……緊急開放」
薫は、一カ所だけバーチャルになっていないパネル状の物に掌を乗せながら喋ると「本藤薫。緊急コマンド承諾」と流暢なマシンボイスが返ってくる。
「おぉ、そうだった」
「楓は緊急時に助かんないね」
「あんでよ」
「外で、警報は鳴っていないわね」
開いたドアから顔を覗かせて、辺りを見まわしながら呟く薫。
「おぉ、そうだ。ねぇ、みんなこれ見て」
「何よ、今はき……。こ、これって。薫!」
「何かしら?」
言葉を飲み込んだ明子が、呼び戻された薫がモニター上に見た物、それは……。”臨時ニュース”の文字だった。
「これは……。どういう事かしら?」
「えっ? 臨時ニュースだよ、薫。もう」
「いいえ。警報と臨時ニュース、どう繋がっているのかと聞いているのよ」
「へっ? あぁ。え~と、今は臨時ニュースも必要だよね。だから警報鳴るようにしておいた。よく見逃すからねぇ。あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いていないわね」
「薫……。顔が怖い」
「誰のせいかしら?」
「うぇ~ん。言い忘れたのは謝るからぁ」
「本当に……」
「……異常事態じゃなくて良かったわね。それで、どんな臨時ニュース?」
「その前に、警報を切りなさい」
「あい」
「……え~と、一次調査は失敗した模様、だって」
「し、失敗ってどういう事!」
「そ、そんな」
「何故……。その理由が知りたいわね」
聖美、明子、薫。三者三様の反応を見せるが、何の反応も見せない楓……。
「か、楓。失敗したんだよ?」
「大丈夫」
「あにが?」
「だって、まだ一次だし」
そう呟きながら、楓は中断していた解析を再開する。
*
「全く。何で食堂もお休みなの!」
「仕方がないでしょうね。休講なのだから」
「学校は開いてるんだから、開いてて欲しい」
「食堂自体は開いてるよ?」
「そう言うことを言ってるんじゃない!」
「分かってるよぉ。でも、良いじゃん、たまにはお弁当も」
「たまにはってねぇ。休講してからずっとじゃん」
学校内にある木立の境目にほど近い場所。そして今はお昼時である。各人が持参したお弁当を食べている。が、虫の居所でも悪いのであろうか、いつもより愚痴に怒りがこもっているようにも見える聖美である。それでも、お弁当をしっかりと食べているあたりは、聖美と言ったところであろうか。
「にしても、やっぱ暑いや」
「そうよねぇ。三五度なんてとうに超えてる訳だし、四〇度と言ってもいい気温だものね」
「それは言っちゃだめだって」
「気温のこと言ったのは聖美でしょ?」
「あう~」
「……もっと解析できたらなぁ」
独り言のように呟く楓の表情には、呟いたその思いが滲み出ていた。
「確かに……。でも、実験棟が使えないのだからしようがないわね」
「そうねぇ……。正式に解析許可は出ていないものね」
「う~ん。確かに、バーチャルじゃぁそろそろ限界っぽいし」
「……あれに直接さわれたら」
「楓……。あんな上空にある物どうやって触るの」
「……だよねぇ」
「ふふ」
「薫、あに笑ってるの」
「別に……」
楓が、何気なく視線を向けた木立の境目。そこからもかすかに見える巨大建造物があった。楓に釣られたのか、薫も同じ方向を見詰めている。
「静寂だから聞こえる、この音。移動している音なのかしら?」
「そんなこと、物理学的にあり得ないよ。ただでさえ馬鹿でっかいみたいだし、地上から見えるって、どうなってんの!」
「……どんなにあり得なくても、現実に、今起こってる。必ず、何か理由が、原因がある筈だよ」
楓のいつにない冷静な言葉に、三人は返す言葉が見つからなかったのか、いや、その通りであると皆が思っているからであろう、何も発することはなかった。
どんな理由があるのか。
巨大建造物は、まだ、上空に鎮座し続けている。
~第七章 「混乱」 完
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