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Soly japanese only.
書き物の部屋のイメージ オリジナルと二次創作を揃えております。拙い文章ですがよろしく(^_^)!
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「あぁ~」
 出す必要があるかという程に声を張り上げており、部屋の外まで聞こえているのだが、聞き覚えのある声である。
「先輩、声が大きいですよ」
「岩間君。大声を出さないで出来ないのか? ラボの外まで聞こえているぞ」
 言わずもがなな、聖美であった。何故これほどまでに声を張り上げているのか? 今度は「だめだぁ」と、嘆いた声を上げている。
「う~。……進まないぃ」
「分かってますから、落ち着いて下さい」
 物理学科の調査が思うように進まない苛立ちを、声を張り上げる事で解消しているようである。周りも同様であろうが、声を張り上げているのは聖美だけである。
 精神衛生上で言えば、ストレスを発散している聖美の方がいいのであろうが、その場で出てしまう聖美が、まだお子様と言えるのかもしれない。
「フゥー」
「それじゃ猫ですよ」
「あに?」
「いえ、何でもないです……」
「岩間君。後輩を威嚇してどうする」
「ふっ?」
「……大丈夫ですよ」
「あっ! ごめん、美也ぁ」
 そう言った聖美は、美也を抱きしめたのである。端で見ている大里は、困った奴という表情を浮かべて見守るだけであった。
「聖美。いい加減、大人の対応をとりなさいよ」
 突然、説教を始めたのは、言わずもがなな博実である。とは言え、こちらも言葉に刺がある口調である事から、苛立っている様子が覗える。
「……あ?」
「その場で、ストレス解消するなって言ってるのよ」
「むぅ。いいじゃん」
「そうじゃないでしょ! ホント、あんたにはイライラする」
「あによぉ。ちょっと声を出した位で」
「ちょっと? いい加減にして。イライラしてるのは、聖美だけじゃない」
「先輩方、止めて下さい」
「何? 聖美の肩を持つの?」
「いえ、そうではなくて……」
 博実の剣幕に、言いよどんでしまう美也であった。「そうやって睨むし」と聖美がツッコミを入れると「あんたが、原因でしょうが」とすかさず言い返す博実であった。
「あによ」
「何? 一人じゃ、何も出来てないじゃない」
 その場その場で、適切な言葉というものはある。しかし、お互い進まない調査に苛立ちを覚えているため、その配慮が出来ない状態なのかもしれない。
「岸田君。それは言いすぎだぞ」
「……」
 我に返ったのか、博実は唇を噛みしめてしかめっ面をしていた。
「くっ!」
 言い返す事もせず、聖美は、脱兎のごとく一〇二ラボを出て行ったのである。「待って下さい!」と、美也も後を追っていった。後に残された博実、大里をはじめとする面々は無言であった。
 飛び出した聖美は、学生会館の食堂、その片隅のテーブルにいたのである。
「先輩。やっと追いつきましたよ」
 ぼそりと、いつも通りの美也が声を掛けると、「……美也」と項垂れるどころかテーブルに置いた腕で顔を隠したまま、元気のない声で答えるのであった。
「隣失礼しますね。……でも、岸田先輩の、あれは酷いです。言い過ぎです。岩間先輩だって、それなりに頑張っているのに……」
「……うん。ありがとね。でも、それなりってあに?」
「う、え? いえ、え~と。何でしょう?」
「あによそれ。プッ」
 吹き出してしまった聖美であり、慌ててはいるものの釣られて笑う美也の声が、静かな食堂に響いていた。そして、いつも通りの美也に救われる聖美であった。
「あら。二人共早い……、訳ではなさそうね」
 突然声を掛けられた美也と聖美は、びっくりして振り返ると明子が食堂に入ってきたところであった。
「お? こんな隅っこにいるのに」
「え、え~と」
「……何があったの?」と明子が問うと「えー、特に、何かあったかなぁ」と惚ける聖美であるが「あ、はい。あのぉ。いえ、何も……」と、美也がどうすべきか迷った事で「何かあったのね。聖美絡みみたいだけどね」と言いながら聖美を見据える明子であった。
「……うっ。いやぁ、どうかなぁ。あははは」
 笑って誤魔化そうとする聖美であるが、元気な時の聖美とは明らかな違いに気付いた明子が、「岸田さんも絡んでいるのね」と呟いた。すると、誤魔化し笑いをしていた聖美が止まり、美也の表情が陰ってしまったのである。
「……じ、実はですね」と語り始める美也を止めようとする聖美であったが、明子の渾身の睨みで封じられてしまうのであった。
「……あぁ。岸田さんにも困ったものね。ストレス解消の標的に聖美を利用したみたいじゃない」
「え? あぁ、そうも見えますね。なるほど」
「……まぁ、あたしも、人の事言えないしねぇ」
「そんな事ないです! 先輩は、迷惑を掛けているだけです!」
「あぁ、美也ちゃん。それって別の意味で問題でしょうに」
「え? あれ? そうなります?」
「成るでしょ。研究員に注意されてるみたいだしね」
「……うっ。面目ない」
「さ。お昼ご飯でも食べて気分を変えましょ」と明子が促すも、「う~。食べたくない」とだだをこねる聖美であった。
「食べないとだめよ」と注意する明子だが「え~、こんなんじゃ食べる気しないよ」と返される始末である。
「岩間先輩。しっかりご飯食べないと、元気も出ませんよ」
「……あぁ。うん、そうなんだろうけどねぇ」
 うだうだと席を立つ素振りも見せず、テーブルに突っ伏している聖美がいたのである。
「……」
「あに」
「……」
 声を出さずに口を開けてしまう明子に、振り返り見た表情に呆然としてしまう美也がいたのである。
「……さっきは、大声出して悪かったわよ」
「……」
「なんか言いなさいよ」
「……わ、私も、言い過ぎた。……ごめん」
「そうだね」
 やや硬い表情をする聖美と、言い過ぎたことで気分が重くなっている表情の博実。険悪とは言わないが、重い空気が漂ってしまうのであった。
 食堂の一角で、重い空気を漂わせている一方、学校では、昼の休みに入っており、徐々に生徒や研究員などが集まり始めていた。
「んじゃ。ご飯でも食べよ」
 先ほどまで“食べたくない”とだだをこねていたのが嘘のように、いや、苛立ちを募らせたくないのであろう、そそくさと席を立って、配膳カウンターへと向かっていったのである。
「あっ! 岩間先輩、待って下さい」と美也が後を追うと、明子もスッと立ち上がって後に付いていった。博実は、しばし一人で立ち尽くしていたが、息を漏らして配膳カウンターへと足を向けたのである。

 微妙な位置関係で、テーブルに着いている三人と一人。いつも通りではなく、静かに食べているようである。
「う~」
「あら、聖美どうしたの?」
「……何でもない」
「?」
 唸る聖美は、若干眉間にしわを寄せながら、黙々と食べているのだが、何かを気にしている様子である。
「む~」
「……だからどうしたのよ」
「おっ?」
「聖美。唸りながら食べても、いい事ないわよ」
「うっ。そうかもしんないけど。なんか……」
「? あ。もしかして、周りの声が気になってます?」
「うっ?」
「たまにありますよねぇ。でも、大丈夫ですよ。そう言う時は……」
「止めときなさい」と、突然割って入る声に、三人の視線が向いた。「……また、よからぬことでも」と、即座に口を開いたのは聖美である。
「聞き捨てならないわね。美也が、またいい加減な事を言いそうだったから止めただけよ」
「そうなの美也?」
「そんな事ないです!」
「どうだか」
「あんたは、そう言う言い方しか出来ないの?」
「聖美に言われる筋合いじゃないわよ」
「くぅ~」
「聖美も岸田さんも止めなさいよ、みっともないわよ」
「そうね。山田さんの言う事はもっともだわ」
「あぁもぉ」
「ちょっと、先輩! 食べ方がだめです」
「もう……」
 美也と明子があきれる程に、憤慨しかけた聖美は、親の敵と言わんばかりに昼食を平らげていったのである。



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「う、うぅ」と、小さく弱々しい唸りを上げている傍らでは、「先輩? 大丈夫ですか? どこか具合が悪いんじゃ」と心配しているのだが。
「うぅ。だって、美也が大きな声を出すなって言ったじゃん」
「? そう言えば、言ったような気もしますが。だからって、先輩らしくない事しないで下さい」
「あぁ。美也は、あたしにどうしろと」
 あからさまに困った表情で、腕組みをする聖美の反論に、美也は、答えに詰まり俯いてしまうのであった。
「……ん、ん。まぁ、美也が心配してくれる事は嬉しいんだけどね。……あぁもう。むしゃくしゃする」
 俯いていた美也に、先輩らしく礼を述べたところまではいいのであるが、鬱積している苛立ちは収まらないようである。その証拠に、美也と使っている実験テーブルの周囲をうろつき始めたのである。
「先輩。落ち着きましょうよ」
「……」
 美也の声かけにも無言であり、ブツブツ何かを呟いているようにも見えるのであった。
「せ、先輩?」
 近くを通りかかる度に、声を掛けてみるものの、聖美は一向に反応を見せない。無視していると言うよりは、思考に夢中になっており、周りに気を回していないと言ったところであろうか。
 しばらく、うろつく聖美と空振りを続ける美也の声かけは続いていたのだが、「せ、先輩ぃ……」と、反応を返してくれない聖美、美也が涙声で訴えかける始末である。
 流石に嗚咽を漏らす美也に気がついた聖美は、「お? どったの美也?」と、惚けた事を言い出す聖美である。
「うぅ。だって、先輩が返事してくれないからぁ」
「あぁ、ごめんごめん。別の角度から検証したら、結局、イライラし始めて……。あはは、ごめん」
 あっけらかんと話していた聖美であったが、最後は項垂れて謝る程に、苛立ちが溜まっていたようである。
「……さぁ、先輩。午後はおいてかないで下さいね」
「……」
 美也の言葉が既に聞こえていない聖美で、美也の表情が曇っていくのであった。
 それからしばらく、美也がひたすら声を掛けるも返答する事がない聖美に、「先輩!」とひときわ大きな声で呼びかける美也に「あによ!」と、何を思ったのか、やや声を張って答える聖美であった。その声に美也は縮こまってしまったのである。
 その遣り取りを聞いていた研究員が「岩間君! ちょっと来なさい」と、こちらもやや声を張って聖美を呼びつけたのである。
「! は、はい!」
 二つ三つ離れてはいたものの、聖美の耳に届いた呼びかけに、我に返った聖美は、慌てて返事をしつつ声の主の元に向かったのである。一方の美也は、聖美を追うその目には涙が浮かんでいたのである。
「岩間君。何をやっているんだ」
「えっ?」
「……意識的ではないようだな」
「? 大里さん、何の話でしょう」
「あそこを見たまえ」
 大里の見ている方向に顔を向けると、やや俯いている美也がいたのである。
「あれを見て、どう思う」
「……あっ。あぁ。すいません。ちょっとイラついてて」
「うん。理解できたのならいいんだが、もう少し、周りにも気を遣いないさい」
 大里の優しく諭すような言い方に、聖美の苛立ちも少しは和らいだ事であろう。
「よお、岩間君。また何かやったのか?」と、ラボに入ってきた研究員が、茶々を入れてきたが「小林さん。何ですか、いきなり」と答える聖美であった。
「いやぁ、だってさぁ。岩間君が大里の所にいるのは、何かやった時だけじゃないかぁ」
「何かって、あたしを何だと思ってるんですか」
「へ? そりゃぁ、問題……」と、言いかけたところに、「小林さん! 先輩は悪くないです!」と、怒鳴り込んできた美也がいたのである。
「美也……」
「先輩は、ちょっとイライラしてるだけですから、小林さん、酷い事言わないで下さい!」
「……ごめんね、美也。一緒に頑張ろうか」
「はい」
「大里さん、すいませんでした」
 聖美は深々と謝り、美也も会釈で礼をして、調査に戻っていく二人。それを、あっけにとられて見送る小林と、困ったと言うよりはやれやれと言った表情の大里がいたのである。



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 極薄い雲に遮られた日差しが差し込んでいる窓の内側は、まだ、朝の低い日差しも相まって明かりの必要がない程である。そこに、ふらふらよろよろとやってくる人物がいた。
「あら、聖美。おはよう? って、どうしたのよぉ」
「……うん」
 寝ぼけているようにも見えるが、「ん? おはよう、……明子」と、誰から声を掛けられたのかは認識できるようである。であるならば、気力がなくなり呆けているのであろう。
「おはよう、ございま……。先輩、どうしました? 大好きなご飯の時間なのに」
「ん? おぉ、美也じゃん。おはよう。ご飯は好きだよ」
 遅れてやってきた美也も、明らかにおかしい聖美に気がついたようである。しかし、当の聖美は無気力な者がするような一本調子な返事をするだけで、いつもの元気がないのであった。
 そこに、聖美達にとってはやっかいな人物がやって来て、「美也。何立ち止まっ……。聖美、ね。何? その呆けたような顔は、若いんだからシャキッとしなさい」と、同じ年である事を忘れたのか、年配の人が口にするような言葉を聖美に向けるのである。
「あ? あに言ってんの、あんただって若いじゃん」
 聖美の言いように、「確かに」と美也が頷き、「納得しかけたけど、どうなのかしらねぇ」と何故か考え込んでしまう明子がいたのである。
「全く、貴方たちはぁ……」
「でもまぁ、一応、岩間先輩は、いつも通りなので安心しました」
「ちょっと、美也ぁ」
「いつもの聖美には、まだ、元気が足りないわよ」
「そう言えば、いつもの反撃なら、もっと、こう、ガツン! とした元気がありますね」
「あんた達はねぇ。人の話を……」
「ちょっとさぁ。二人共あたしを何だと」
「聖美でしょ?」
「先輩です」
「……」
 いつにない程、覇気がない聖美の反撃、美也の天然が発揮され、とっさに明子がそれに便乗したことによって、毒気を抜かれた博実は、言葉を失ったようである。明子は、うまくいったという笑みがこぼれていたのを聖美は見逃さなかった。
「博実はなんかないの?」
「ないわよ。強いて言うなら、覇気がなくとも反撃できる元気はあるようね」
「それが先輩です」
「美也ぁ」
「一応、いつもの聖美ではある訳ね」
「明子までぇ。あきれられてるしぃ」

     *

「先輩! なんか顔が怖いです」
 突然。美也がそう言って聖美を揺すり始めたのである。
「うわぁ。あに? あにがあった?」
「顔が怖いです」
 聖美が反応したことから揺するのを止めた美也の表情は、至って真剣であり、見方によっては怖いと言えることを、本人のみ気が付いていないのが、聖美が慌てていることからも覗えるのである。
「はっ? 美也ぁ、それは酷いよぉ。顔が変だなんて」
「あっ、えっと。変じゃなくて、怖いんです。難しい顔だったのに、いきなりニヤけてます」
「おっ? なんじゃそりゃ」
「……え~と。なんて言うか。調査してるんで、考え事すると人って、難しい顔するじゃないですか」
「そうだねぇ」
「で、先輩は、今。考え事してる筈なんですが、ニヤけてます。何か良い案でも思いついたんですか?」
「ほ? あたしが? いや、ないよ。今も必死に考えてる」
「そうなんですか。……考えてるのにニヤけてるのは怖いですよ、先輩」
「そんな馬鹿な」
「先輩? ありふれた台詞で、否定してもだめです。それは、事実です。はい」と言って、持ち歩いているポーチから手鏡を出して、聖美に渡すのであった。そして「おぉ~」と雄叫びを上げた聖美であった。
「大里さん……は、いませんね。しょうがない。小林さん」と、突然研究員を呼び出すと、「どうした。岩間君がまた何かやったか?」と、緊張感がある台詞を、やや面白そうに口にすると、ツカツカとやってくるのであった。
「またって。人聞きが悪いですよ、小林さん。あたしを何だと……、止めとこ」
「何だ、よ……お? 岩間君、どうした? 何がそんなに嬉しいんだ。……まさか!」
「小林さん。違うようです」
「まだ、何も言ってないが……。で、何が違うと?」
 研究員の小林は、聖美が何かやらかしたかと思っていたようである。それに反応しようとした聖美は、学習したようで途中で言葉を切ると、つまらなそうにする小林がいたのである。しかし、聖美の表情を見るに、いろいろな意味で何かあったのだろうと目を輝かせると、美也に即刻否定されたのである。一転つまらなそうな表情に変わってしまう、こちらもややお子様が垣間見える大人である。
「調査は相変わらず何もないです。ので、先輩がニヤける意味が分かりません」
「本人に聞けば良いだろう」
「聞きました! で、考え中だって言うんです
「んー。ん?」」
「ホントですって」
「そりゃぁ、……何だ? 岩間君は、今も嬉しそうだが、画期的なアイディアが浮かんだ訳ではない、と」
「ないです。あったら……」
「あぁ、そりゃそうか。岩間君だもんな」
 ポンと手をたたくように、合点のいった小林であるが、方やそれを聞いた聖美は、何か理不尽な思いに苛まれるのであった。
「と言う訳ですので、このまま続けるのも私がおかしくなりそうなので、二人で休憩してお昼に入ります」
 美也が鬼気迫る表情で、捲し立てるように休憩してそのままお昼に雪崩れ込むことを告げると、「お、おう」と、許可を出してしまう小林がいたのである。

「うぅ」と唸りを上げているのは美也である。いつになく、疲れた表情であるのは、聖美が意図せずニヤけ続けているからである。
「せ・ん・ぱ・い。いつまでニヤけてるんですか」
 食堂のテーブルに肘をついて頬を支えながら喋る美也が、心底あきれているのが口調と表情から覗える。
「美也ぁ、人がいないんだから、もっと小さい声で喋ってよぉ。それに、そんなつもりはこれっぱかりもないよ」
 今の聖美は、どんな言葉を言おうとも、口を噤んでしまうとニヤけてしまう状態である。語る内容によっては、大惨事になりかねず、一緒にいる美也の精神が疲弊してしまう恐れがあったのである。「もう。何でですか。私への嫌がらせですか」と、既に疲れ始めているようである。
 お昼休憩を知らせるチャイムが鳴ったのは、そんな頃であり、しばらくすると、食堂にもちらほらと生徒や研究員がやって来たのである。
「あら。もう来てたのね、早いわねぇ」
「お? 明子」
 美也の背後から掛けられた声に、聖美が返事をすると、「山田先輩ぃ」と、泣きつくような声を出した美也であった。
「どうしたの?」
「聞いて下さいよぉ。岩間先輩が、岩間先輩が……」
「聖美ぃ。美也ちゃんに何か言ったの?」
「言ってない」
「……じゃぁ、何かやっちゃった? って、何で嬉しそうなの? 聖美、大丈夫?」
 会話をする中で、美也が泣きついてきたことの一端を見たかのように、突っ込みではなく、心配する明子がいたのである。
「で? 何で聖美はニヤけてるの?」
「さぁ」
「聖美ぃ。自分のことでしょ、何か思い当たることはないの?」
「全く以て、ない!」
「あぁ。美也ちゃんは何かないの?」
 明子の事情徴収が始まるも、「特にないです。調査中に突然始まって」と、美也の説明に、「それじゃぁ、あたしは変な人じゃん」と、聖美としては、至極当然の反論である。しかし、表情がニヤけているため、いつものような迫力は全くないのである。
「困ったわねぇ。……ひとまず、お昼食べちゃいましょうか」
 ニヤついた表情のまま、明子に促されて配膳カウンターへと向かう聖美であった。

 食事を取って、テーブルに着いた三人であるが、幾分か元気のない美也と、常にニヤけた状態の聖美。それをやや面白そうに眺めつつ、食事をとっている明子達であった。
「あら? もう来ていたの?」
「うわっ」
「何? まずいことでもあった?」
「いや、別に」と言いつつも、聖美の表情はニヤけたままである。
 聖美は機嫌が良さそうである一方で、美也が落ち込んでいるような表情と受け取った博実は、そのまま配膳カウンターへと向かっていくのであった。
 しばらくは、三人で静かに昼食を食べていたのだが、「ここ、座るわね」と言って、美也の隣に座る博実であった。
「何? ニヤニヤして、気持ち悪いわね。言いたいことがあったら言いなさい」
「それじゃぁ、誰も許可した覚えがないんだけど?」
「そう? 良いじゃない。……何かあったんでしょ」
 売り言葉に買い言葉、ではないものの、聖美の笑みと怒りの入り交じった表情から紡がれた言葉を受け流す博実である。会話を始めようとする博実に、聖美の怒りの視線が刺さっているが、ニヤけた状態に怒りが合わさっているため、不敵な笑みに見えても不思議ではないという状態である。
「その不適な(?)笑みに何かあるの?」
「何もない」
「そんなことはないでしょ。美也が落ち込んでいるようだし」
「くぅ~。よく見てる」
「当たり前でしょ」
 低く唸っているように見える聖美は、我慢しながら昼食を食べているのだが、いかんせん、口元が緩んでしまうようである。
「そんなに美味しいの? それ」
 聖美がニヤけていることからの反応なのであろうが、事情を知る美也と明子は、口元をひくつかせながらも、博実にばれると面倒であることも承知しているため、耐えるのであった。
「何?」
「何でもないです」
「そうねぇ。特に問題はないかしらね」
 博実でなくとも、時折“くっ”と、何かを堪える仕草をされれば、何かあると考えるのが普通である。しかも、聖美絡みともなれば、自分、と言うよりは聖美本人と言うことになる訳で、そこまでは、博実とも成れば直ぐに辿り着けるであろう。
「また、聖美が何かやらかしたのね」
「ん? 何もやってないよ」
 きょとんとした表情になりそうであるが、今の聖美はニヤけてしまうのであった。
「聖美、あんた。どうしたの?」
「ど、どうでも良いじゃん」
 言葉とは裏腹に、どのように表情を作ろうと、気を抜くと直ぐにニヤけてしまう聖美であった。

~第九章 「難渋」 完
縦書きで執筆しているため、漢数字を使用しておりますことご理解ください。
下記、名称をクリックすると詳細を展開します。
いわま さとみ
岩間 聖美
西暦2108年08月13日生まれ。身長/体重:170㎝/55㎏
職業:専課学校 基底学部物理科5年生

 両親、姉と四人暮らし。
 性格は、子供っぽい所もあるが、二〇歳に何とか相応しい女性だが、楓に似た所もあり、類は友を呼ぶ、を表した友人の一人。
 嫌いな食べ物は、肉だが、当然、甘い食べ物には目がない。
やまだ あきこ
山田 明子
西暦2108年06月21日生まれ。身長/体重:172㎝/58㎏
職業:専課学校 基底学部化学科5年生

 両親、姉弟と五人暮らし。
 性格は、長女であるだけに、しっかり者で、世話好き。だが、おっとりしているわけではない。その辺は、弟を持つが故なのかも知れない。
 女性としては珍しく、見た目からは創造しがたいが、どっしりした印象を受ける。薫以外の姉役、と言える。やはり、楓の危うさを見ていられないと言ったところか。
 好き嫌いはない。その中で一番の好物は、和菓子。
いのうえ みや
井之上 美也
西暦2110年09月10日・身長/体重:172.0㎝/53.0㎏
職業:専課学校 基底学部物理科 3年生

 兄:正生が一人暮らしのため、両親と三人で暮らす。
 几帳面で、しっかり者、と言う性格が良く表れるため、はっきりした物言いで、周りを戸惑わせることもあるが、堅物とは言い難い所もある。
きしだ ひろみ
岸田 博実
西暦2108年09月21日生まれ・身長/体重:175.3㎝/51.3㎏
職業:専課学校 基底学部物理学科5年生

 祖父母、両親と七人暮らし。
 山岳地域で育ったせいか、大ざっぱな面が多々ある。その所為か喋り方がぶっきらぼうなところがある。それでいて知的な部分を見せる事も多い。
 祖父母の影響が強いようで、年下の者には優しく接するが、一方の同年代以上にはかなり厳しい。
 辛い物が好きで、酸っぱい物が嫌いな食べ物である。
おおさと
大里
生誕日不明・身長/体重:不明
職業:専課学校 基底学部物理学科、研究員

 周囲によると真面目すぎであるが、暗くならないためそれもまた良いところとされる一方で、説教が始まるのが玉に瑕。
こばやし
小林
生誕日不明・身長/体重:不明
職業:専課学校 基底学部物理学科、研究員

 お調子者である節があるが、総じて明るい性格。他人に任せすぎるところがあり、学生に至ってはこき使っているイメージもちらほらある。
かんこうえつえりあ
関甲越エリア
 関東甲信越を短縮したエリアの名称。
 東西は千葉・神奈川から新潟、南北は群馬・栃木から長野・静岡の一部まであるエリア。
 地理的中心地を起点に同心円を描いて交通ルートが確立されている。
 住居表示は従来のままであるが、使用することも可能。
あつぎびーびー
厚木BB
 厚木とは、神奈川県の中央部にある地名。
 楓達が通う学校が含まれ、関甲越エリアにある企業地区の一つ。

 中小企業から大規模企業まで様々。
あつびーびーせんかがっこう
ATSUBB専課学校
 楓と薫が通う学校で、場所は、関甲越エリア、神奈川、厚木にある。
 基底学部として、化学、物理学、自然の学科を持つ専課学校。
 建物としては、講義棟が3つ、実験棟、学生会館、学校事務棟が各々1つがある。
巨大な物体
 突如地球上空に出現した物体。
 地上の至る所から確認できたが、出現の理由はおろか、地球に対して何の影響も与えていない訳すらわからない。
えりあ
エリア
 道州制を拡張改定した考え方で、太平洋側から日本海側を一纏めにしている。
 道州制の場合は、どうしても東京を中心に考えがちで、周辺の過疎化を避けられない弱点があったため、新たに提唱された思想。
 大動脈を地理的中心線に置くことができ、分散にも適している。
きかがっこう
基課学校
 基礎課程を学ぶ学校を指す。
 学問の基礎はもちろんのこと、忘れがちになる人間性を育む基礎も含まれている。
 21世紀の小学校、中学校が九年一貫教育に置き換わった物と考えてよい。
せんかがっこう
専課学校
 専門課程を学ぶ学校を指す。
 21世紀の大学、専門学校が置き換わった物と考えてよい。
 尚、入学年齢は21世紀の高校と同じ。よって、高校以上と言うことになる。
いりょうしつ
医療室
 専課学校の保健室は概ねこの施設。
 専門の学問を学ぶ上で、怪我、火傷等々学部によって緊急で治療が必要になることが希にある。
 そのため、それなりの設備が整えられていることから、保健室ではなく医療室となった。
びーびー
BB
 ”BB”は、Business Blockの略語で、企業を集中させたブロックになる。
 理由は、昔からあった共同開発を増やす狙い、若者を早い段階で社会に参加させる狙い、などにより、遠くより近くが良いであろうと言うことで、この配置を採っている。
 結果、集まった企業は、概ね専課学校の学部が中心となった。
しーびー
CB
 "CB"とは"Commerce Block"の略で、商業ブロックに当たる。
 この商業ブロックには、大きく二つの役割がある。
 一つ目は、大商業施設、または、ブロック全体が大型のショッピング・センターとしての役割。
 その中には、移動拠点としての宿泊施設も併設されている。
 二つ目は、交通ルートを纏めるターミナルとしての役割。
 交通ルートには、大きく三つ。
 エリア中心地とを結ぶルート。
 近隣の企業ブロック、住宅ブロックとを結ぶルート。
 その三つを纏めたターミナルの役割を担っている。
えるびー
LB
 "LB"とは"Life Block"の略で、居住ブロックに当たる。
 マンション、アパートの減少により、住宅地が大分変貌している。
 空き住宅地と一戸建て地区をまとめ、2階屋、3階屋が、高層の集合住宅に置き換わっている。
 日本では窮屈な住宅空間であったが、空き住宅地の恩恵に預かり、ゆとりある住宅空間を実現している。
 居住エリアには、必ず緑地公園が設けられ、心地よい生活を営めるようになっている。
だい?じゅうたく(こうそうしゅうごうじゅうたく)
第?住宅(高層集合住宅)
 高層集合住宅のことをさすが、マンション、アパートとは趣が少々違っている。
 従来の一戸建てを改装に積み重ねた高層住宅となる。
 一階建てから三階建てまであるが、二世帯住宅はない。
 地名+施工番号+住宅で呼ばれることが多い。



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